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大阪高等裁判所 昭和41年(う)1603号 判決 1967年1月30日

主文

原判決を破棄する。

本件を西宮簡易裁判所に差し戻す。

理由

論旨は本件公訴事実は事業主である被告人甲陽護謨工業株式会社と同会社従業員組合との間に締結せられた労働基準法三二条、三六条に基く協定により、一日につき一時間と定めた時間外労働の限度を超え、女子労働者二五名をして延八一七回にわたり一人一回一五分ないし五時間五〇分合計一、二七三時間二〇分の時間外労働をさせた行為を同法六一条違反としたものであるところ、原判決が本件公訴事実の事実関係はすべてこれを認めながら、そのうち一日の時間外労働が二時間をこえ、一週の時間外労働が六時間をこえる部分についてのみ労働基準法六一条、一一九条一項を適用して有罪とし、その余の部分については時間外労働が延長限度一日一時間という前記協定に違反はしているが、一日につき二時間、一週間を通じ六時間に足りないものであるから、同法六一条違反の罪を構成しないという理由で各被告人に対し無罪を言い渡したのは同法六一条の解釈適用を誤つたものであるというのである。

よつて調査するに、原判決が本件公訴事実の一部につき所論のような理由で各被告人に対し無罪の言い渡しをしたことは原判決書により明らかである。そこで、この点につき原判決の当否を審案するのに、労働時間については労働基準法は同法三二条一項において使用者は労働者に、休憩時間を除き一日について八時間、一週間について四八時間を超えて、労働させてはならないと規定し、一日八時間、一週間四八時間のいわゆる八時間労働の原則を宣明しているが、同法にはその例外規定として、同条二項、同法三三条、三六条、四〇条、四一条のほか年少者に関する同法六〇条、女子労働者に関する同法六一条が設けられている。そのうち、八時間労働の原則そのものが修正される場合の同法四〇条(同法施行規則二六条ないし二九条)、右原則そのものの適用を除外している同法四一条を除き、その他の例外規定はすべて右原則を前提においているもので、それぞれの規定に基き一定の条件の下に時間外労働を認めるものである。したがつて労働時間について同法三六条による協定いわゆる三六協定がある場合に女子労働者(但し、満一八年以上の者に限る。以下同様)についての同法六一条のような制限規定のない男子労働者(但し、満一八年以上の者に限る。以下同様)については使用者が右協定に定められた延長時間の限度に従わずこれをこえる時間外労働をさせた場合には三六協定の条件をみたさないものであるから、右原則に戻つてその時間外労働の時間の長短を問わず同法三二条違反の罪が成立すると解すべきである。ところで、女子労働者については同法六一条に使用者は三六条の協定による場合においても、一日について二時間、一週間について六時間、一年について百五十時間をこえて時間外労働をさせてはならないと規定されており、右規定は女子労働者の労働時間については、男子労働者の場合に三六協定による時間延長に制限がないのに対し、時間延長の最大限を設け一般に体力が男子に劣る女子を特に保護しようとしているとみるべきであり、同法はその他安全、衛生の面においても男子労働者より以上に女子労働者を保護する規定を設けている。このようにみてくると、男子労働者について右のようにいわゆる三六協定による延長時間の制限をこえて時間外労働をさせた場合にその時間外労働の時間の長短を問わず直ちに処罰されるのに、女子労働者については同様の所為があつても、同法六一条の一日二時間、一週六時間の制限内である場合には処罰されないというのは不合理であることは正に所論が指摘するとおりであつて、同法六一条はいわゆる三六協定による延長時間を超過しても、同条に規定する限度内の時間外労働を許容する趣旨のものとみることはできない。すなわち、同法六一条本文はいわゆる三六協定のない場合の労働時間は一日八時間、一週四八時間をこえてはならないという同法三二条一項、その変形としての同条二項の規定と三六協定がある場合はその協定の範囲内で時間外労働をさせることができるという同法三六条の規定を前提とし、三六協定による場合においても、女子労働者については一日二時間、一週六時間をこえる時間外労働をさせてはならないことを規定しているのであるから、本件のように女子労働者について三六協定において時間外労働の限度を一時間と定めている場合にはこれをこえる時間外労働をさせても、一日二時間、一週六時間の制限内である限りは同法六一条には触れないから同条の違反とういことはできないけれども、原判決のいうように単なる協定違反となるに過ぎないものではなくて、八時間労働の原則に対する例外規定である同法三六条に定める条件を充たさない場合として男子労働者の場合と同様に右原則に戻り同法三二条一項違反の罪を構成すると解すべきである。

所論は右と異なり女子労働者については三六協定のない場合に時間外労働をさせた場合はもとより三六協定のある場合でもその協定に定められた限度を超える時間外労働をさせた場合にはすべて同法六一条に違反すると解すべきであるというけれども、同条は女子労働者について三六協定のある場合に一日について二時間、一週間について六時間を超えて時間外労働をさせることのみを禁じているのであつて、所論のように同条をもつて三六協定のない場合の時間外労働や三六協定のある場合でもいやしくも協定に定められた限度をこえた時間外労働を時間の長短を問わず禁じた規定であると解するのは同条の文理上困難であり、またそのように解すべき根拠に乏しいのである。すなわち、同条は同法三二条、三六条の例外規定であつて、同法三二条、三六条を内包する女子労働者の時間外労働についての特別規定とは到底認められないのである。(この点に関し満一五年以上満一八年未満の年少労働者に関する昭和三七年九月一四日最高裁判所第二小法廷判決参照)

してみると、原判決が本件公訴事実の一部について原判決の主文第三項掲記の日時における同項掲記の各女子労働者についての時間外労働は三六協定による時間延長の限度を超えているが、一日につき二時間に足らず、また当該日の属する一週間を通じてみると六時間に足りないものであるから、右の如き時間外労働をさせた行為は同法六一条違反の罪を構成しないとしたのは正当であるといわなければならない。しかしながら、前記判断のとおり右行為は同法三二条に違反するものであると認められるから、原判決が無罪を言渡した部分について本件の訴因が同条に違反する訴因を含むかどうかについて案ずるに右訴因は本件起訴状の記載によれば、使用者が女子労働者をして労働基準法三二条、三六条に基く労働組合との協定により一日一時間と定められた時間外労働の限度をこえ、しかも一日につき二時間以内の時間外労働をさせた行為を対象としたもので検察官は右行為を同法六一条に違反するものとしていることは明らかであるが、右行為が前記判断のとおり同法三二条に違反するものと認められ、本件の訴因は同条違反の訴因を含むものと解せられるから、原判決は本件公訴事実中無罪を言い渡した部分について同法三二条違反の事実を認定(同条の罰条の罰条の追加を命じて訴因を明確にすべきである)して有罪の判決をなすべきであるのに、この挙に出ないで同法六一条に違反しないとして直ちに無罪の言渡をしたのは法令の解釈適用を誤つたもので、原判決のこの誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであり、この点において原判決は破棄を免れない。そして右無罪言渡部分と原判決が有罪として認定した罪とは刑法四五条前段の併合罪であつて、それぞれ各被告人につき一個の刑で処断さるべき関係にあるから、原判決はその全部について破棄を免れない。論旨は結局において理由がある。

よつて刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により原判決全部を破棄し、同法四〇〇条本文により本件を原裁判所である西宮簡易裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり判決する。(畠山成伸 柳田俊雄 八木直道)

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